三上さんとぼく-1

「いや、僕だって店長のこと丸々好きなわけじゃないですよ。適当でだらしないし。たしかに友だちみたいな親しみ易さはあるけど頼りがいは――」
僕は夢中になって喋っていた。息苦しさから逃れたくて、信念も糞もない行き当たりばったりのデタラメを吐き出し続けていた。


どうしてこんなことをしているのだろう。
バイト先の送別会、ここは確かその二次会の居酒屋で。
集まっているのは旧店長時代に雇われ、大学卒業を期にアルバイトを退職する古株の面々。


僕がいまの店長への不満を意地悪な顔で話すたび、彼女たち古参バイトは「うんうん最もだ」とでも言いたげな表情で嬉しそうに頷く。


僕は新店長になってから雇われた初のアルバイトスタッフだった。
旧店長時代に雇われたバイトスタッフとの軋轢に疲弊しきっていた店長は、当然ぼくを可愛がり、店長の不憫さに少し同情したぼくも彼を極力理解し、ベテランバイトと店長の仲を取り持つよう努めた。


「篠塚くんはどっち派なの?」


そんな風な質問をされ、僕はうろたえた。
途端に、楽しい飲み会は真っ白になってしまったのだ。


どうせ、彼女らとはもう二度と会わないだろう。勿論一緒に働くこともない。
それならば僕が店長を悪く言ったとしても、バレる心配はない。面倒だしここは話を合わせるか。そんな風に考えた僕は、彼女たち好みの新店長批判を始めたのだった。


なぜここで僕は、彼女たちを諫めなかったのか。
二度と会わないのだからこそ「最後の最後までくだらない話をされるおつもりですか」ぐらいの事を言ってやればよかったのに。


後悔先立たずとはよく言ったものである。
中立を強調しつつ、保身たっぷりに展開させた店長批判。古株バイトの彼女たちにとって、さながらそれは、絶対に踏まないはずの踏み絵を、勢い良く踏みつける背教者を見るかのような、一種異様な興奮があったはずだ。


場の空気はたちまちネガティブな一体感に支配される。
堪らず、胃の中の物が全て逆流してきそうな感覚に襲われたが、どうすることもできない。
盛り上げてしまったのは僕だ。自分自身が嫌でしょうがなかった。


なぜ僕はこんな場所にいるのだろう。
考えていながらも、相槌を打ち、つまらない陰口の輪に溶け込む。
みんな、楽しそうな顔をしている。
なぜ僕はここにいるのだろう。


もう帰ろうとしたその瞬間、ひとりの女の子と目があった。
端の方で肩をすぼめ、困った顔でうつむいていた女の子。
彼女の名前は三上ユカ。
コーヒーの淹れ方からサンドイッチの並べ方、トイレ掃除の手順、僕にこのバイト先での働き方を1から教えてくれた三上さん。いつも少し困った顔で笑う背の低い女の子。そんな彼女も今日でアルバイトを卒業する就職組の1人だったのだ。


そうだった。僕は彼女に逢うためここに来ていたんだ。



三上さんとぼく-2 - 童貞公論」へつづく