三上さんとぼく-2

三上さんとぼく-1 - 童貞公論」のつづき


三上さんは他のベテランバイトとは少し違っていた。
なんというか大きかった。


もちろんこれは身長の話じゃない。体格でいえばむしろ彼女は華奢でチビで、備品倉庫で「えいっえいっ」言いながらジャンプする彼女が見たくて、僕はいつもいじわるばかりをしていた(わざと高いところに物を置いたり)。


彼女の困ったような笑い方も僕は好きだった。
おそらく、もともと強い(鈍い)人間ではないのだろう。ちょっとしたことでヘコみ傷つくタチなのに、彼女はいつも僕や他のバイト仲間たちを、身を呈して庇ってくれた。
澄まし顔で見て見ぬふりをすればいい場面でも、かならず彼女は行動した。
怯えながらも前進する勇気が、打算のない純度の高い優しさが、その「困ったような笑顔」には詰まっていた。だから僕は彼女を尊敬していたのだ。


そんな彼女の門出を祝うために、僕は今日ここに来ていた。
世話になった彼女に一言、二言贈り、さっさと帰ればいい話だった。それなのに僕は。


本当に自分が嫌になり消えてしまいたくなった。


「失礼します」
すくと立ち上がった僕は、お金だけおいて理由も告げず、逃げるように居酒屋を去った。
エレベーターを待つ時間がもどかしい。
苛つきながら乱暴に階段を下りていると、上の方から僕をしのぐ乱暴さで駆け下りてくる足音が聞こえた。
三上さんだった。


肩で息をして、いつもの困った笑いを浮かべてる。

「み、見送りですか?あはは」

情けなさでいっぱいで、おどけた風を装っても声が震え、裏返る。

「はぁ…はぁ…それも、あるけど」

何を思ったか彼女は、膝にあてていた両手を離し、僕に手を差し伸べた。


「篠塚くん、嘘ついてたでしょ?キミは優しい子だから、あの場は仕方がなく、○○さん(店長)を悪く言った。違う?」
「僕は…三上さんが思っているほど“いいひと”じゃないんですよ」
「いいえ、きみは良い子です。私が保証します」
「それは」
「篠塚くん!」
「はい」
「…せっかく楽しい席なのに、辛い想いをさせて、ごめんね」


三上さんは僕の手を取りむりやり握手させた。
謝らなきゃいけないのは僕の方なのに、世話になった先輩に気持ちよく巣立ってもらうためココにきたのに。
最後まで先輩に世話をかけっぱなしの自分が情けなくて情けなくて。
感情が溢れてきて、どうすることもできなかった。


僕は泣いてしまった。深夜の駅前で、人目も気にせずボロボロ泣いてしまった。
「今ばで、ほんろうにありがろぅございばじだ」鼻水をすすりながら感謝の言葉を贈った。
「……。」
三上さんも泣いていた。困った顔のまま、恥ずかしそうに「えへへ」と笑いながら、ボロボロ涙を流していた。


あの日のことを今でも時々思い返しては、なんとも言えない気分になっている。
もしかしたら僕は、当時三上さんのことが好きだったのかもしれないし、三上さんもそれなりの好意を僕に対し持ってくれていたのかもしれない。
けど、結局僕はあの日連絡先を交換することもなく、彼女と別れ、ほどなく唯一の繋がりであったはずのカフェでのアルバイトを辞めた。


彼女は確かソフトバンクに就職するって言ってたっけ。
元気でやってるかなぁ。